2016年02月06日
初めてのシーバス 終章

あの人に出会ったのは8月20日でした。
7月21日にルアーフィッシングを初めて、それまで一度たりとも他のルアーマンに出会えずにいましたが、その日、あの人は突然、颯爽と現れました。
飽きもせず神戸水上警察署前でキャストを繰り返していたその日、対岸に釣り人が現れました。右手にタックルを持ち、リュックを背負ったその人は遠目ながらも明らかにルアーマンです。やおらロッドにラインを通しルアーを結びキャストを始めました。ワタシの9フィートのロッドと比較してかなり短いロッドのようです。バスロッドのようです。
ジッと観察したい気持ちを抑えつつ、自分もキャストして誤魔化しながら、コソコソと対岸のその人の動きを盗み見ます。ルアーなのは間違いないですが、流石に種類までは分かりません。キャストの時にロッドの立てる風切り音がワタシのモノとは全く質が違います。明らかに熟練者です。
行って、その人に自分の現状を訴えて教えを乞いたくて仕方ありませんが当時は人見知りするワタシ、到底ミッションインポッシブル。初対面でいきなり話しかけられては先方も困惑するでしょう。
観察を続ける内にその人のロッドがいきなり見事なベンディングカーブを描きました。非常に余裕を感じさせるロッドワークで悠々と寄せて抜き上げた魚は対岸からでも明らかに間違いなくシーバス。
駆け寄って、シーバスを見せてもらいたい、使用ルアーを教えてもらいたい、しかし…、と逡巡している内にその人はさっさとフックを外してリリース。
「ああ、なんてことをしてくれるのだ」、ワタシには目もくれず、キャストを再開するその人。使用ルアーは何なのだ、水深どの位を狙っているのだ、と悶々とするワタシを他所に再びその人のロッドが弧を描きました。さっきと同じく、逡巡するワタシの対岸でさっさと2匹目もリリースしてしまったその人は驚くべきことに、ロッドをたたみ、立ち去ってしまいました。なんという淡白な。ありえません。きっと今までに散々シーバスを釣ってきたからこそ纏うことのできる淡白さに違いありません。プロです。仙人です。
ワタシは勝手にその人の呼称を決めました。
「師匠」と。
目の前で師匠がシーバスを釣ったのです。もはや、ルアーでシーバスを疑う余地はありません。神戸水上警察署前に俄然張り切ってその後もワタシはボウズにめげず通いました。師匠は毎日は現れませんが見かければ必ず2〜3匹釣って帰ります。師匠に教えを乞いたくて仕方ありませんが、師匠にスキが無さ過ぎ。
そんなことが続いた8月29日。
師匠が相も変わらず3匹釣って立ち去りました。
「ああ、今日も師匠に話しかけることができなかった…。」
燃え上がる恋心に身を焦がす可憐な少女の様な気持ちでキャストを繰り返すワタシ。
と、背後から声が。
「コンバンワ」
振り返ると師匠が立っていました。
身の丈、175cmほど、30代半ば、優しげな表情のイケメンです。
「コ、コンバンワ」
「キミ、ようここで釣りしてるなあ。どう?調子は」
「全然ダメなんです。7月21日にルアーを初めて毎日、1日も欠かさず釣りに来てるんですけど全く釣れないんですよ〜。あ、タチウオが1匹だけ釣れましたけど」
「7月21日から毎日!?今日、8月29日やで?1ヶ月以上、毎日来てまだ釣れへんの!?」
「はい…」泣きそう。
「どんなルアー使ってるん?良かったら見してみ?」
手持ちのルアーを全て見せるワタシ。
「おかしいなあ…。ちゃんとしたええルアーつこてるやん。これで釣れる筈やけどなあ…」
「あ、あの、使ってるルアー見せて貰えませんか?」
「ん?大したルアーちゃうで。これやけど。」と、リュックからわざわざルアーを取り出して見せてくれました。
「元はバス用でな。ボーマー ロングAいうねん」
「こんなルアー、初めて見ました。」
「ああ、ルアー専門店じゃないと置いてへんのちゃうかな。元町の天狗いう店でワゴンで安売りしてるわ。1個1,000円もせえへんよ。」
「わかりました、ありがとうございます。明日、行って買ってきます!あ、真似しちゃってもいいですか?」
「真似て大袈裟な。キミが持っとるルアーでシーバス、十分やと思うくど、まあ俺は気にせえへんよ、買って来いな。」
8月30日。
早速、プロショップ天狗にてボーマー ロングAを3つ買い込んで、19時頃に神戸水上警察署前に到着。いつもより早く着きました。いつもは21時頃に来る師匠がタバコを吸いながら既に座っていました。
「キミは絶対、ボーマー ロングA買って今日来てる思って、早目に仕事切り上げて来てん。今日は絶対、シーバス釣らせたろ思うてな。」
ああ、なんという優しさでしょう。師匠から後光が差して見えるようです。この人を師匠に、と選んだワタシの判断に間違いはありませんでした。
師匠曰く、
「基本はな、遅巻き。ひたすら遅巻き。ルアーが動かなくなる寸前の遅巻きするねん。遅巻きしてもよう動くルアーがシーバスにはええルアーやねん。強いて言えば、K-TENはボーマーほど遅巻きできへんし、ラパラは今みたいにボイルしてる時にはちょっと深いねんな。」
なるほど、なるほど。
確かにボーマーを遅巻きすると水面直下をよたよたと弱り切った小魚の様に泳ぎます。
「遠くにキャストしたらルアーの動き、見えへんやん?こうやってそばにちょい投げしてルアーがギリギリ泳ぐ巻き速度覚えたらいいで。」
言われた通りにリトリーブ速度を頭に刻みつけました。
15分もした頃でしょうか、いきなり引ったくられるような、正にアタリが!
「キタ!?来たんとちゃうん!?」
「分かんないです!でもなんか重い!」
叫んだ瞬間に、フッ…。
「ああああ!」
バレました。
「あ〜惜しかったなあ。でもな、ちゃんと遅巻きしたらキタやろ?まあ、すぐに釣れると思うで、頑張り!」
気をとり直して再びキャストします。
すぐにさっきのよりも強烈なアタリが。
もう絶対にバラさない、とばかりにアワセを入れまくり、ゴリゴリ巻きます。あっと言う間に寄せて躊躇無くゴボウ抜き。10秒もかからなかったでしょう。
横たわる魚は紛れもなくシーバス。
感動の1匹です。
叫び出したい衝動を懸命に堪え、ちょっと離れた場所にいた師匠に報告。
「釣れました!釣れましたよ!」
「うん、見てた。アワセ入れ過ぎwゴリ巻きし過ぎw口切れてバレるでっていう位、強引やったでw」
恐る恐るメジャーを当てると56cm。
ワタシと師匠以外に周囲に人はいませんでした。師匠がいなければワケの分からない、ケモノのような咆哮を上げていたに違いありません。
「初シーバス、おめでとう。苦労したみたいやから嬉しいやろ」
そっと師匠が右手を差し出しました。
「ありがとうございます!ありがとうございます!師匠のお陰でシーバス釣れました!」差し出された師匠の右手をガッチリとグリップします。
「師匠てw師匠てw誰がやねんw」
師匠がゲラゲラ笑いました。
こうして初シーバスをあげたワタシはその後4匹!も追加して師匠と別れて帰宅の途につきました。
誰もいない道を自転車での帰り道、当時ヒットしていたT-BOLANの「おさえきれないこの気持ち」が口からこぼれ、シャウトします。
おさえきれない〜この気持ち今♪
涙ぐみそ〜うさ♪
瞳と〜じて〜 かわしたKissに〜
瞬間を飾る〜♪
Oh〜♪
揺るがない〜 想いなら君に送るよ〜♪
実はあれはシーバスへのやるせない気持ち、恋心を唄った熱いラヴソングだったのです。
その後、師匠と年齢を超えた友人関係になり様々な場所で様々な釣りをしたのはまた別のハナシ。
-初めてのシーバス 完-